第三回 きょうだい児とその思い

きょうだい児は障害を持つ兄弟姉妹と育つ子どもを意味する言葉です。障害の種類は様々で、身体・知的・精神的な障害や発達障害などがあります。また、重度心身障害などいくつかの障害を合わせて持ち、在宅で呼吸器や栄養注入などの医療的ケアが必要な場合もあります。
きょうだい児とは?
「きょうだい児」はひらがなで表記されています。これは、実際のきょうだいの組み合わせが兄と弟だけでなく、兄妹、姉弟、姉妹などちがっているためです。
きょうだいに障害があることによって、家族や社会に対してきょうだい児でないと分からない様々な感情を抱き、人生における色々な場面においてきょうだい児であるが故の特有の悩みを抱えがちで、そのために生きにくさを感じている人も少なくありません。
親でもなく、当事者でもない彼らだからこそ、抱えている悩みや課題があります。
きょうだい児とヤングケアラー
日常的に家族の介護や家事などを行っている18歳未満の子どものことをヤングケアラーと呼んでいます。介護などの負担が大きい場合には、学校に通うのが難しかったり、友達と遊ぶなどの自由な時間が取れなかったりすることがあります。親が仕事で忙しいなどの理由で、障害のある兄弟姉妹の面倒を日常的に見なければならない場合、きょうだい児はヤングケアラーにあたります。
多くのきょうだい児は、きょうだい児自身意識していなくても、心の中に強い責任感や義務感を感じてしまい、家族の期待に応え、「良い子でいよう。」と多くのことを知らず知らずのうちに我慢してしまいます。一方、両親の関心や心配は障害のある子どもに向けられることが多く、親に思うようにかまってもらえず、きょうだい児は心の中に孤独や疎外感を持っています。きょうだい児は周囲が求める役割と本当にそうありたいと願う自分らしさとの間でいつも葛藤しています。
私が初めて気づかされたきょうだい児の問題
私が初めてきょうだい児の問題に気づかされたのは、今から15年くらい前のことであった。
外来が終わった廊下で、お母さんに呼び止められた。「娘との関係がうまくいかない。先生、話を聞いてほしい。」と涙ながらに話された。娘さんはちょうど思春期で反抗期でもあった。
娘さんは3人兄弟の末っ子で12歳上と8歳上に2人の兄がいた。8歳上の兄に障害があり、私が主治医であった。3人目の子どもを妊娠した時、お母さんは35歳を過ぎており、障害のある兄の世話をしながら体力的にもつらかったと思う。それでも出産のために兄を数か月短期入所させ、可愛い女の子を出産された。初めての女の子でもあり、お母さんは、「大きくなったら一緒に買い物行きたい。」など、将来への夢を膨らませておられた。娘さんはすくすく育ち、障害のある兄にも優しく、ご両親は喜んでおられた…………
それが、思春期になって次第に反抗的になっていった。「お母さんはいつも〇〇兄ちゃんばっかり。〇〇兄ちゃんが好きなんだ。」「私の気持なんか分かってくれない。」「私なんかいらない子なんだ。」
母親にしたら突然の出来事であったが、彼女にしたら今まで我慢していた心からの叫びであったと思う。それまで、私は障害のある兄と一生懸命育てているお母さんについては、気にかけていたものの、きょうだいについては、ほとんど注意を払っていなかった。その頃、きょうだい児の問題が少しずつ取り上げられていたが、家族の中に障害ある子どもを持つという事は大きな課題であると感じた。彼女は長い年月をかけて母親と和解した。今は医療関係の仕事をし3人の子どもの母親である。後日私に「自分が子どもを持ってみて可愛らしさも大変さも分かる。」と話した。
きょうだい児が抱えやすい悩みときょうだい児を取り巻く社会問題
きょうだい児として育つことによって、障害への理解が深まったなど肯定的な意見も見られますが、自分がこれからずっと障害のあるきょうだいを支えていくことに不安や悩みを抱えるのは当然のことです。また、幼い頃には障害への理解や知識がまだ十分でないことがほとんどで、きょうだいの障害を充分に理解することはできない中で、嫉妬などの様々な感情が心に浮かんできます。
きょうだい児は、親に自分が思うようにかまってもらえないと感じて孤独感や疎外感を感じたり、友達などから障害のあるきょうだいについてからかわれたりするなど親子関係だけでなく、周囲の人間関係でも悩みを抱えてしまいます。
➀自分の感情を出せず、精神的な負担や不安を感じ、自信が持てない
障害を持って生まれたきょうだいが優先されてしまうことが多いため、親に甘えることを我慢し孤独感を抱いていても、きょうだい児は周囲から「ものわかりのいい子」と思われ、兄弟姉妹に対する嫉妬や怒りなど抱いているネガティブな感情をいつも我慢してしまいます。また、親の期待に応えようと強い責任感を感じて、自分の本当の思いを抑え込んでしまいます。
障害をもつきょうだいは、少しのことでもできるとほめられるのに対し、きょうだい児は「健常者だからできて当たり前」とほめられる経験を持つことが少なく自信を持つことが難しくなります。このような心理的負担が長く続くと、自己肯定感が育まれず大人になってからも生きにくさを感じてしまいます。また、障害を持ったきょうだいから暴力を受けるケースもあります。様々な障壁の中で生活することによってきょうだい児は精神的に不安定な状態になってしまいます。
②経験する機会が不足してしまう
障害を持っているきょうだいのケアを手伝うことが多く、友人と遊んだり自分の好きな習い事をしたりなど、様々な経験をする機会が少なくなってしまいがちです。
両親は障害のあるきょうだいのケアに時間をとられることが多く、経済的な負担もかかり、家族で旅行に行ったりするなど家族でさまざまな経験をする機会が限られてしまいます。
③社会の偏見や人間関係に影響がある
きょうだい児は社会においても様々な問題に直面し、きょうだい児というだけで理不尽な差別を受けることも否定できません。
学童期では、同級生などから障害があるきょうだいのことをからかわれたり、いじめられたりすると、障害のあるきょうだいを恥ずかしく思う気持ちと同時に恥ずかしいと感じる自分に罪悪感を持ってしいます。また、自分からきょうだいの障害を隠し友人との付き合いをせばめてしまうことがあります
④将来への不安から自らの仕事の希望や将来の選択肢の幅が狭まる
きょうだい児は、将来、特に両親が亡くなった後に自分がきょうだいを支えなければならないと考え、自分の夢や希望を後回しにしてしまうことも少なくありません。
心にある自分の将来への希望や夢との間に葛藤を抱えている場合も多く見られます。転勤が多い仕事や忙しい仕事には就きにくくなり、将来自分がやりたい仕事や夢があってもあきらめて、きょうだい児のケアを優先できる仕事に変えざるを得ない人もいます。
⑤交際、結婚などへのハードル
交際や結婚を考えた時に、相手に障害のあるきょうだいのことを伝えるか迷ったり、伝えても受け入れてもらえずにつらい思いをしたりすることがあります。また、結婚はよりハードルが高くなることがあります。将来障害をもつきょうだいの世話をしなければならない場合、心理的な負担や経済的な問題などがあります。また、交際相手には受け入れられても、義父母など相手の家族に受け入れてもらえない場合があります。
障害のある人のきょうだいに関するアンケート
全国きょうだいの会2021年調査報告書から
1963年(昭和38年)4月、数人の心身障害のきょうだいを持つきょうだい児が呼びかけ、「全国心身障害者をもつ兄弟姉妹の会」が結成され、1995年に現在の「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会(略称・全国きょうだいの会)」と命名されました
2021年に全国きょうだいの会が親との関係、将来の不安、過去の思いなどについて、きょうだいの会の正会員と賛助会員、機関誌購読者など336人にアンケート調査を行い、回収された165通(回収率49%)の結果をまとめています。
調査結果
回答者の性別は、女性が約70%、男性が約30%、年齢は20代~40代が全体の約60%。50代と60代がそれに続き、20代~60代合計で全体の約90%でした。
回答者の約 90 %が知的障害を持った人のきょうだいで、重複障害では自閉症が約 3 分1の144 人と最も多くを占め、重度の知的障害も多くみられました。
1.障害のきょうだいの困った行動と辛さの有無
きょうだいの困った行動が、「ない」は18%、「少しある」「ある」「たくさんある」の合計は約79%で、辛さが「そうでもない」22%「やや辛い」「辛い」「とても辛い」合計は61%でした。
困った行動が多いほど、きょうだいの大半は「とても辛い」、「辛い」と答えていました。
2.障害のきょうだいがいることで辛かったこと
辛さについては、一つだけを選ぶ単独回答と、複数回答で答えています。単独回答では無回等が75%あり、辛かった事は色々あってどれが一番辛かったとは言えないということだと思われます。

複数回答での回答数が多かったのは、他のきょうだいや他の家族と違う、友達に話せないと言った孤立感、こどもの頃からの自分へのいじめや障害のあるきょうだいへのいじめなど学校や友達とのことでの辛さなど社会との関わりの中でのつらさを感じていました。
また、単独回答の中で最も多かったのは親の期待が大きすぎたという回答で、ついで、自分のことを十分にかまってくれなかったという回答でした。きょうだい児の思いに対し両親が気づき、関わることの大切さが伺えます。
友達に話せないという回答も多く、自分は決して一人ではないことを知るためにも同じ立場のきょうだいの会との出会いは一歩踏み出す勇気をもらえます。また、様々な悩みを相談できる場や相談機関が必要です。
3.障害のきょうだいがいることで良かった事
良かったことについても、一つだけを選ぶ単独回答と複数回答で答えています。単独回答では無回等が76%あり「辛かった事」とほぼ同じ割合です。良かった事は色々あり、どれが一番良かったとは言えないということだと思われます。

単独回答と複数回答ともに多かったのは、障害が理解できた、優しい心が持てた、自分を認めることができた、社会問題に関心が持てたという回答です。つらさの中から自分のきょうだい児としての意味を前向きにとらえていこうとしている人がたくさんいます。
次に多かったのは、良い人達と知り合えたという回答です。きょうだいの会や福祉関係の人だけでなく、自分が過去に心の痛みを感じたことのある人は、言葉にしなくても人の痛みが分かり、そういう人達との交流は心のやすらぎになります。
4.不登校と心の病
回答者のうち不登校の経験をした人は13%で、2021年当時の全国平均1.8%の約7倍にもなっており、不登校経験者の9割近くの人が心の病を経験していることは、多くの人が心に負担を感じていると言えます。子どもの頃から、ご両親や周りにいる人々がきょうだい児の心を理解し配慮していくことは、心の負担を軽減するために欠かすことができません。
5.結婚にあたっての不安や心配
結婚にあたっての最も多い不安は既婚者、未婚者とも結婚したいと思う相手とその家族の無理解であり、障害のある人への社会の偏見と差別を少なくするための活動が必要です。

また、親が亡くなった後などきょうだいの世話と経済的不安などの将来への不安も大きな問題です。現在の制度の中で、どの様な支援が受けることができるかなどの相談窓口が必要です。
きょうだい児の見えづらい生きにくさ
家庭の中で子どもとして生きていくことができなかった場合、きょうだい児は、無意識のうちに大人が果たす役割を子どものうちから果たしています。これは子どもの健全な発達にとって大きな重荷になります。
また、自分やきょうだい、家族を社会の偏見から守るために、多くの仮面をつけて生きざるを得ません。その結果、本来の自分の負の感情や望みを心の奥に深くしまい込み、大人になった時でも対人関係において、幼い頃と同じ役割を演じてしまいがちで、依存症や鬱病、不安障害(対人恐怖症)などを引き起こすことがあります。

幼い頃にありのままの自分の感情を出すことができずに育った子どもは、自分の心の安定を保つために本来の自分とは違った役割を演じてしまいます。これはいわゆる子どもが子どもらしく育っていない「アダルトチルドレン」(第五十五回 育児に悩むお母さんー子育ての世代間連鎖を参照下さい)です。
生きていく長い人生の中で。本来の自分を取り戻すのに遅すぎることはありません。勇気をもって自分の声に耳を傾けることが必要です。「自分はどうしたかったのか?」と。
そして、同じような思いを持っている人がたくさんいること、そばに寄り添ってくれる人もたくさんいることを忘れないでください。
さいごに
きょうだい児の多くの人は心に負担を感じ、不登校や心の病を経験している人の割合が多いと言えます。子どもが幼い頃から子どもとしていられる場所や気持ちを吐き出せる場所があるということはとても大切で、ご両親や周りにいる人々が、きょうだい児の心を理解し、配慮していくことは欠かすことができません。
きょうだいが障害を持ったのも、あなたがきょうだい児になったのも誰のせいでもありません。ただ、あなたは一人の人間としてつらい時には「つらい」と言う権利を持っています。今後、さらに支援の場所が広がることを願います。
次回はきょうだい児の支援についてお話させてください。

ではまた。 Byばぁばみちこ

